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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)35号 判決 1976年1月26日

控訴人

金海暾

右訴訟代理人

渡名喜重雄

被控訴人

神奈川県公安委員会

右代表者

成瀬隆義

右指定代理人

荻原英行

外一名

在訴訟代理人

山下卯吉

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対して昭和四七年七月二六日付でなした銃砲所持許可取消処分を取り消す。

訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文どおりの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に記載する外は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。(但し原判決二枚目裏四行目「捜査」とあるのを「検査」と訂正し、原告を控訴人、被告を被控訴人と読みかえる。)

(控訴人の主張)

一、銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法または法という。)一一条一項によると、「同法若しくはこれに基く政令の規定又はこれらに基く処分に違反した」(以下「法に違反した」という。)場合には、都道府県公安委員会は同法四条の規定による許可を取り消すことができる。一方「法に違反」しながら取消処分を受けないでいた者が、ことさらに同法七条の二の更新手続をとらず、或いはいち早く当該銃砲等を他に売り渡し、その他自己の意思に基いてこれを所持しないこととなつたときは、同法八条一項によつて銃砲等所持の許可は効力を失うけれども、右事由によつて許可が失効した後、新たに同法四条の許可を申請すれば、その者は、同法一一条の規定により許可を取り消されている者ではないから、公安委員会は、同法五条一項四号を根拠として、ひいては「法に違反した」ことを事由として、申請を拒むことはできない。

従つて、若し被控訴人の主張するように、銃刀法七条の二による更新を受けた後でも、更新前の同法一一条一項一号該当の事由によつて許可を取り消すことができるものとすれば、更新を受ければその後いつまでも「法に違反した」ことを理由として取消しをうけるおそれがあるのに反し、ことさらに更新をうけないで、別個に許可の申請をすれば、「法に違反した」事実があるにかかわらず許可を受けうることとなり、彼此著しく均衡を失することとなる。

してみれば、法七条の二によつて都道府県公安委員会がおこなう更新は、旧許可をそのまま維持すべきかどうかの審査と新許可を与えるべきかどうかの審査との両面の性質を有するものであつて、更新前に取消事由が存する場合には、更新の審査に際しては、この事由によつて許可を取り消すかどうかを必ず審査、判断すべきものであり、かりに事実上この審査をしなかつたとしても、これをおこなつたものとみなさるべきものである。従つて、一旦更新をした以上、公安委員会は、もはや、更新前の事由を根拠として許可を取り消すことはできないものと解さねばならない。

しかるに、被控訴人は、昭和四六年一二月三一日に、第一銃の所持許可を更新したにかかわらず、その時以前の事実を理由として、昭和四七年七月二六日に右許可を取り消しているのであるから、この処分は違法である。

二、原判決の判断によれば、「更新の手続は、所轄警察署長を経由して処理されているものであるが、当該警察署は、更新に際し、許可を取り消すべき理由が存在し、かつ早急に取り消すべき必要性がある場合は格別、そのことが明らかでない場合は、とりあえず一応更新を行ない、その後に慎重調査の上取消し相当と判断した場合にはじめて被控訴人に取消しの上申をするのが通例であり、本件もその慣例措置に従つたもの」であつてこれを違法とする理由はないというのである。

しかし、右のような慣例措置は、公安委員会に認められた許可取消しの裁量権を大幅に所轄警察署長に委譲するに等しく、法が公安委員会に裁量権限を認めた趣旨に反し違法である。

(被控訴人の主張)

一、「更新」の性質は、新たな権利の設定ではなく、既存の権利を継続的に承認するにすぎないものであつて、更新したからといつて、それ以前の事由を根拠として許可を取り消すことができなくなるものではない。実際上も、更新の申請があつたときは欠格事由の存否を調査しなければならず、調査の結果取消し事由があるときは、聴聞手続も行なわなければならない関係上この手続を経て取消処分を行なうためには相当の期間を必要とするところから、更新許可申請を受理した後に欠格事由が判明した場合にも、通常、とりあえず、許可の更新をした上で、許可取消しの上申をするものとし、この場合においては、申請人にその旨を伝えておくことが取扱実例となつている。

二、所轄警察署では、更新に際し事務担当者の交替等により直ちに取消原因の存否を調査しえない場合もあるから、かかるときは、一応公安委員会に更新の上申をしておいて、その後更に許可取消原因の存否を検討することは事務処理上やむをえないことである。しかも、被控訴人は、所轄警察署から許可取消しの申達があつた場合、当該警察署の見解に拘束されることなく、高度の独自の判断に基いて取消しの当否を決定しているのであるから、前記のような慣例的措置に基き公安委員会が取消処分をすることは、なんら違法ではない。

理由

一控訴人が昭和四一年三月三一日兵庫県公安委員会から本件第一銃所持の許可を受け、その後昭和四三年横浜市に転居して同年一〇月二九日被控訴人から住所異動による許可証の書換えを受け、次いで、昭和四六年一二月三一日被控訴人から右許可の更新を受けたこと控訴人が昭和四五年一一月二六日鶴見警察署を通じ被控訴人に対し第二銃所持の許可を申請し、右申請に関し昭和四六年一月一三日第一銃の保管状況につき調査を受けたこと、その際、控訴人は第一銃を自ら保管せず、岩国市の母親宅に保管を託していたのに、同市の銃砲店に修理依頼中である旨を告げ、同市に居住する義妹に第一銃を銃砲店に持つて行くよう指示したこと、控訴人が右保管義務違反及び銃の不法所持教唆のかどで検察庁に書類送致をされ、起訴猶予処分を受けたこと、控訴人が昭和四七年四月二〇日同警察署を通じ被控訴人に対し第三銃所持の許可を申請し、控訴人主張のような経緯を経て被控訴人が昭和四七年七月二六日付で銃刀法一一条一項に基き本件第一銃所持の許可を取り消したこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。以上争いのない事実に成立に争いのない乙第一号証原審証人官崎章太郎、同伊丹実光の各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、本件許可取消処分が行なわれるに至るまでの経緯はおおよそ、次のとおりであつたと認められる。前掲官崎証言の一部にこの認定と牴触するかのような部分があるが、この部分は措信しがたく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  控訴人は、もと岩国市に居住し、暴力団に関係して、昭和三二年から同四一年にかけて被控訴人主張のような前科があり、このうち最後のものは、凶器準備結集、犯人隠避教唆の罪により懲役一年六月に処せられたものであつて、この判決は、昭和四一年六月二八日確定した。

(2)  この間、控訴人は、右最後の被告事件が山口地方裁判所岩国支部に係属中保釈を受けたのを機会に、昭和四〇年三月二五日いわゆる「杯を返す」という方式により、暴力団との関係を断ち、兵庫県三田市に住居を移して電線の埋設工事に従事することとなつたが、狩猟に趣味をもつ得意筋を接待する必要から、昭和四一年三月三一日、三田警察署を通じて兵庫県公安委員会から第一銃所持の許可を受けた。

(3)  その後控訴人は、前記(1)の最後の罪の刑に服し、昭和四二年一一月一七日刑務所を出所し、服役中に習い覚えた配管及び製管等の仕事で身を立てることとなり、仕事に便利な横浜市の現住所に住居を移したうえ、暴力団とのかかわりをもつことなく、事業に専念した結果、綿工業株式会社という会社を設立し、一〇〇名を超える従業員を擁する事業の経営者となり、相当の財産も蓄え、事業経営の面においても、また社会的にもかなりの信用を得るに至り、前記第一銃について昭和四三年一〇月二九日被控訴人から住所異動による許可証の書換を受けていたのであるが、銃を通じての得意筋との交際がいつそう密接となり、クレー射撃用の銃の購入を勧められた(第一銃は旧式で、クレー射撃用には不向きなものであつた。)こともあつて、昭和四五年一一月二六日所轄の鶴見警察署を通じ被控訴人に対して、第二銃所持の許可を申請した。

(4)  その後控訴人は、狩猟のため韓国に赴くべく、昭和四五年一二月三一日第一銃を携えて横浜市の自宅を出発したが、途中岩国市の母親方に立ち寄つていた際、至急引き返すよう業務上の連絡を受けたので、母親宅に第一銃の保管を託して帰宅した。その際、たまたま、第二銃所持の許可申請に関して第一銃の保管状況を調査するため来訪した係官から第一銃の所在を尋ねられたので、控訴人は、とつさに、第一銃は岩国市の銃砲店に修理依頼中である旨答えるとともに、ただちに、電話で、岩国市の義妹に第一銃を至急銃砲店に持つて行くよう指示して辻妻をあわせようとしたが、義妹がこれを銃砲店に持参する前に鶴見警察署から右銃砲店に照会が行なわれたため、昭和四六年一月一一日から同月一三日まで第一銃を自ら保管せず母親方に保管させていたという保管義務違反の事実及び義妹に対する銃の不法所持教唆の事実が発覚した。

(5)  その結果、控訴人は、右両事実に基づく銃刀法違反被疑事件につき横浜地方検察庁に書類送致をされたが、その際同警察署の係官五明勝巳警部補から第二銃所持の許可申請については、いま少しまつようにといわれたところから、同年三月一九日申請を一旦取り下げ、右被疑事件については、同年六月二一日検察庁から起訴猶予処分を受けた。なお、五明警部補は、右書類送検に際し、検察庁に控訴人の前科を照会し、これを知つていたものと推認される。

(6)  その後控訴人は同年一二月三一日被控訴人から第一銃所持の許可につき更新を受けた。

なお、更新の申請は、所轄警察署長を経由して行なうべきものとされている(銃刀法施行規則一条)ところ、被控訴人委員会管下の各警察署においては、同委員会の指導により、次の要領によりこの関係の事務を処理することが慣例となつていた。すなわち(イ)申請書の提出を受けた所轄警察署において、調査の結果更新を拒む理由がないと認める場合には、事実上、当該警察署かぎりで更新の手続をとることとし、(ロ)調査の結果、許可取消事由を発見し、これを取り消すべきものと認めるときは、県の警察本部を通じて、その旨を被控訴人委員会に上申するが、この場合においても、法一三条の聴聞手続を経て取消処分を行なう時間的余裕のない場合には、とりあえず更新の手続をとり、遅滞なく取消しの上申をし、被控訴人委員会は、これに基づき聴聞を行なつたうえ、処分を決定する。

(7)  控訴人は、前記更新の手続をとつた際、係官から第一銃所持の許可の取消しが問題となつている旨を告げられたことはなく、その後昭和四七年四月一〇日第一銃につき法一三条の所持検査を受けた際にも、係官から第一銃の所持に関して許可の取消しを云々されたことはなかつた。

(8)  そこで、控訴人は、以上のような状況から、新たな銃の所持についても許可がもらえる時期が来たものと考えて、昭和四七年四月二〇日第三銃所持の許可申請書を鶴見警察署に提出したところ、当時の係官官崎章太郎警部補は、同年四月二四日、あらためて、東京地方検察庁に控訴人の前科を照会し、前記のような前科の存在を確かめたうえ、右前科や控訴人の前歴に言及して、右申請を取り下げるよう控訴人に対し行政指導をしたところから、控訴人との間にかなりはげしい口論が戦わされ、控訴人は、同警部補から、どうしても申請を取り下げなければ第一銃所持の許可を取り消すとまでいわれたが、遂にこれに応じなかつた。

(9)  右のようないきさつがあつてから間もなく、鶴見警察署長(具体的には官崎警部補)は、控訴人に前記のような法の違反及び不法所持教唆があつたことに加えて、前記のような前科があること、当時盗難銃による殺傷事件が多発していた社会状勢にかんがみ銃砲所持に対する規制をいつそう強化する必要が感じられていたことを根拠理由として、第一銃所持の許可を取り消すべきものとの判断を固め、同年六月七日被控訴人に取消処分の上申をした。

(10)  右上申に基づき被控訴人委員会は、同年七月二六日聴聞会を開いたうえ、同日付で法一一条一項一号を根拠として第一銃について、許可取消処分をし、次いで、翌八月九日付で第三銃所持の許可申請につき、法五条一項四号を根拠として(すなわち第一銃所持の許可取消処分があつてから三年を経過していないことを理由として)不許可処分をした。

二以上認定の事実を前提として、本件許可取消処分の適否につき考察する。

(一)  控訴人は、まず、更新は、許可の効力を新たに付与するものであつて、更新後にその前に生じた事由を理由として許可を取り消すことは行政処分の法的安定を著しく害することとなることから考えても、また、取消事由のある者がことさらに更新手続をとらず許可を失効させたうえで新たに許可申請をした場合との比較権衡論から考えても、一旦更新が行なわれた後にその前に生じた事由を根拠として許可を取り消すことは違法と解すべきであると主張する。

そこで考えてみるに、猟銃等の許可の更新に関する銃刀法七条の二の規定は、昭和四一年六月法律八〇号により追加されたものであるが、旧法当時においては、一旦与えられた許可の効力は、特段の事情のないかぎり永続するものとされていた。その結果、都道府県公安委員会は、許可が与えられた後の銃砲等の所持に関する事情の変動や所持の実態を知るには、法一三条の所持検査や一般警察活動に頼るほかなかつたところ、その後銃砲等の所持許可数が激増するにつれて、このような取締当局の「イニシアチブ」による警察活動に頼るだけでは、許可後の事情の変動や所持の実態に対応して、適時適切な管理規制を行うことが困難となるに至つた。法七条の二の規定は、このような事態に対処するために新設されたものであつて、その趣旨は、許可に五年の存続期間を定め、更新の手続をとらないものについては、期間の満了とともに、許可の効力を失なわせ、当該猟銃等を所持し得ないものとすることによりその死蔵を防止する一面、引き続きこれを適法に所持しようとする者については、期間満了前所定の期間内に、許可後の事情の変動等を知る手掛りとなるような書面等を添えて(昭和四一年九月総理府令四五号によつて追加された法施行規則一一条の二)更新の手続をとらせることによつて、取締当局に五年ごとに、許可後の所持の実態を把握する機会を与え、その際、取締当局において、右書面の審査等により差し当たつて違法のかどを発見しないものについては、引き続き、さらに五年間許可取得者としての従前の地位を維持・継続することを許すこととしたものである。従つて、更新制度の主たるねらいは、五年ごとに更新の手続をとらせることにより、主として申請人の提出する添付書面等を審査することによつて、取締当局に許可後の事情の変動や所持の実態を一応調査する機会を与えることにあり、取締当局に、五年ごとに取消事由ないし欠格事由の存否を洗いなおして、判断し、確定したうえでなければ更新を許可してはならないとする趣旨のものではない。このような更新制度の趣旨・目的から考えれば、更新は、許可取得者に、さらに五年間だけ従前の地位(従つて許可後に法違反があれば取消処分を受ける地位)を維持・継続することができるという効果を生ずるにとどまり、更新前の法違反の事実を不問に付する効果を生ずるものではないと解するのが相当である。従つて、一旦更新が行なわれた後においても、更新前の法違反の事実を根拠として許可を取り消すことは、そのことが事情により、裁量権の適切な行使を誤つたものとして、取消処分の違法原因を構成することがありうるのは格別・更新が許可されたからといつて、これにより当然に、更新前の事由に基づき許可を取り消すことが許されないこととなるものではない。

法的安定論を根拠とする控訴人の主張は、更新制度の誤解に基づくものであることが明らかであつて、採用のかぎりでない。

控訴人は、また権衡論を云為するが、控訴人の主張は、ひつきよう、更新手続をとらないで期間を徒過した後あらためて許可申請をする場合は、新規の許可申請の問題として、その要件が法五条によつて律せられることとなるのに対し、更新があつた後の許可取消(更新前の事由による)の問題は、一旦許可を受けた者のその後の事由に基づく許可取消の問題として、その要件が法一一条によつて律せられることから生ずる当然の差異を指摘するに過ぎないものであつて、かような差異を生ずることがありうるからといつて、前記のような更新制度の基本的性格を無視して、更新を受けた者の地位が新規に更新を受けた者の地位と同視さるべきであると論ずることは、法の趣旨にそう正当な解釈とは考えられない。従つて、権衡論を根拠とする控訴人の主張もまた採用しがたい。

(二)  控訴人は、さらに、本件取消処分は、第三銃に関する申請を取り下げさせようとした被控訴人の行政指導に控訴人が従わなかつたことに対する報復的意図若しくは第三銃に関する申請拒否事由を作出する意図から裁量権を濫用してなされたものであると主張するに対し、被控訴人は、本件取消処分は、裁量権の範囲内において適法に行なわれたものであると主張するので、この点につき考察する。

法一一条一項は、猟銃等の所持の許可を受けた者に法に違反する事実があるときは、都道府県公安委員会は許可を取り消すことができる旨を定めているので、法に違反する事実があつた場合においても、一旦与えた許可を取り消すべきかどうかについて、或る範囲において同委員会に裁量権が与えられていることは明らかである。しかし、取消処分が「銃砲等の所持に関する危害を予防」するため(法一条の目的)一旦与えた猟銃等の所持に関する自由を奪う警察上の処分であることから考えれば、取消処分は、この目的を達するため必要とされる場合にかぎつて許されるものと解するのが相当であつて、この必要性の判断にあたつては、右目的にかかわりのない恣意を介入させることの許さるべきでないことは当然である。従つて、取消処分の発動がかような恣意の介入によつて左右されたものと認められる場合には、右取消処分は公正な裁量判断に基づかない処分として、違法の瑕疵を帯びるものと解さねばならない。

この見地から考えるに、被控訴人委員会の許可取消処分は、所轄警察署長からの上申を持つてこれを行なうことが事務処理慣行となつていること、所轄の鶴見警察署長(具体的には担当の官崎警部補)が前認定のような経緯を経て、控訴人に保管義務違反及び不法所持教唆の事実があるということ、さらに、控訴人に前認定のような前科があるということ及び盗難銃による事故多発の社会状勢にかんがみ取締を強化する必要があるということを根拠理由に加えて控訴人に対する第一銃所持の許可を取り消すべきものとして、昭和四七年六月七日取消しの上申をしたものであることは前認定のとおりである。これらの根拠理由は、いずれも、法一条の目的を達成するうえにおいて、当然考慮に入れらるべき事項若しくは考慮に入れることが許される事項であることは明らかであるから、若し、取消しの上申をなすべきものとする鶴見警察署長の判断が名目的にも実質的にも、右のような根拠事由のみを考慮して行なわれたものであつて、恣意の介入によつてその判断が左右された事実がないとするならば、後に述べるように、本件取消処分が適法に所持することの許された唯一の猟銃についての取消処分としては、いささか酷に失する観がないではないことを考慮に入れても、裁判所が「銃砲等の所持に関する危害予防」(法一条)ということについて政治責任を負うものでないことを考えれば、それだけで、直ちに、本件取消処分を違法のものとすることは相当でないであろう。しかし、取消しの上申をなすべきものとする同警察署長の判断に若しも、警察の行政指導に従わなかつたことに対する報復的意図若しくは第三銃についての許可申請の拒否理由を作出するという意図が介入し、これらの意図が実質上、取消上申中の重要な動機となつたとするならば、このような意図は、第一銃所持の許可を取り消すべきかどうかの判断に当たつては、本来、考慮に入れらるべきことがらでないことは明らかであるから、このような取消上申は、公正な裁量判断に基づかないものとして、違法の瑕疵を帯びるものと解さざるをえない。本件の問題は、まさに、この点にあるものと解されるので、さらに考えてみる。

前認定の事実によれば、控訴人のおかした保管義務違反及び不法所持教唆の事実に関する情状は比較的軽いと認められるものであつて、このことは、検察庁において起訴猶予処分を受けたことによつても裏書されているところである。また、控訴人には前認定のような前歴・前科があるとはいえ、最後の刑の執行を終えてから取消上申が行なわれた当時において、すでに四年六か月余を経過しており、その間控訴人は暴力団とのかかわりをもたず、事業に専念し、事業の面においても社会的にもかなりの信用を得るに至つたことは前認定のとおりであるから、控訴人が第一銃の所持すら許されないということになれば、銃を通じての社交が困難となるにとどまらず、控訴人の社会的信用にすら影響を及ぼしかねない。これらの点から考えれば、前記のような軽微な法違反事実に対し控訴人が適法に所持することを許されていた唯一の銃である第一銃につき許可取消処分を発動することは、いささか酷に失し、その必要性についても疑いがもたれるところである。しかも、前認定の事実によれば、鶴見警察署においては、昭和四六年一月一三日当時、すでに、控訴人に第一銃につき保管義務違反及び不法所持教唆の事実があることを知りながら、同年一二月三一日許可の更新を経て控訴人から翌昭和四七年四月二〇日第三銃所持についての許可申請が行なわれる前頃までは、控訴人に第一銃のほかに、さらに第二、第三銃の所持につき許可を与えることは相当でないとの判断をとりながらも、第一銃についての許可の取消しを問題とした形跡は、さらにないのであつて、このことは、同警察署においては、その頃までは、控訴人の前記のような法違反の事実だけでは控訴人に前記のような前科、前歴があるということを考慮に入れても、従来の基準ないし取扱事例からみて、直ちに、第一銃についての許可までをも取り消すことは、必ずしも妥当ではないとの判断をとつていたことを推測されるものである。そうして、同警察署長が取消の上申をしたことの根拠理由の一つとして盗難銃による事故多発の社会状勢ということがあげられてはいるものの、同警察において、控訴人にかかる前記法違反事件等を契機として、従来の基準、取扱例等を再検討し、社会状勢の変化を考慮して、控訴人にかかる本件法違反の事実をも基準該当事実としてとらえるに足る、従前よりもいつそう厳しい基準を定めて、爾後これを実行しているというような事実については、被控訴人においてなんら主張・立証していない。以上の諸点に前認定のような、第三銃についての許可申請があつてから第一銃についての本件取消処分及び第三銃についての不許可処分が行なわれるに至るまでの経緯、とくに、第三銃についての許可申請を取り下げるようにとの行政指導が行なわれ、これを拒む控訴人と担当官との間で前記のような口論があつた後間もなく取消上申が行なわれて第一銃についての本件取消処分が行なわれ、次いで間もなく第三銃についての許可申請につき法五条一項一号を根拠として不許可処分が行なわれていること、及び前認定の事情によれば、第一銃についての許可取消を前提としない場合には、第三銃についての申請を拒否すべき直接、明確な根拠事由(法五条による)が見当たらないことを考えあわせれば、第一銃について許可取消しの上申をなすべきものとする鶴見警察署長の裁量判断は、実質的には、控訴人が第三銃所持の許可申請についての行政指導に従わなかつたことに対する報復的意図ないしは、第三銃についての申請を拒否すべき事由を作出する意図の介入により左右された疑いを否定しがたいところである。この意味において、第一銃についての許可取消しの上申をなすべきものとする鶴見警察署長の裁量判断は、恣意の介入によつて左右されることなく公正に行なわれたものであるということについての証明を欠くものとして、違法の瑕疵を帯びるものと認めざるをえない。

ところで、県警察本部長、警察署長は、それぞれ、県公安委員会と別個の行政機関であつて、県公安委員会が銃刀法関係の事務を処理するためにこれらの機関を利用する関係の法的性格については、現行法制の定めは、必ずしも、明確ではないが、この点をどのように解するにせよ、前記一の(6)に認定したような事務処理体制をとる行政過程を前提とするかぎり、取消しの上申をなすべきかどうかについての所轄警察署長の裁量判断における違法は、特段の事情がないかぎり、この上申に基づく県公安委員会の取消処分に承継され、その違法事由を構成するものと解するのが相当である。なぜならば、警察段階において恣意介入の違法があるにかかわらず、取消処分が公安委員会の名においてなされたということだけで、警察段階での裁量判断における違法を公安委員会の処分の取消訴訟において追求することがもはやできないこととなるものとするならば、銃砲等所持の許可申請につき、公正な裁量判断を受くべき法的利益の侵害については、逐に救済を求める途がないという不合理な結果を生ずるからである。従つて、たとえば、警察署長からの取消しの上申を機会に、公安委員会自らにおいて、警察における従来からの基準ないし取扱事例と比較して当該取消上申を是認すべきかどうかを実質的に検討するとか、或いは、同委員会がこの取消上申を契機として、従来からの基準に再検討を加えて、新たに、控訴人にかかる本件法違反事実をも基準該当事実としてとらえるに足る、従来よりもいつそう厳しい基準を定めて警察においてこれを実施するよう指導をする等、公安委員会が独自の立場で実質的に公正な裁量判断を行なつたことをうかがわせるに足る事実があるならば格別(このような事実がある場合に、初めて、公安委員会の取消処分は、警察段階における恣意介入の違法を承継しないものと解することができる。)、このような特段の事情が認められないかぎり、警察段階における恣意介入の違法は、公安委員会の取消処分の取消原因を構成するものと解するのが相当である。ところが、本件においては、被控訴人は、鶴見警察署長からの取消上申に基づき、聴聞手続を経て、本件取消処分を行なつたものであることは、前認定のとおりであるが、聴聞の結果等に基づき、被控訴人委員会自体が独自の立場で公正な裁量判断を行なつたことをうかがわせるに足る事情として、当裁判所の指摘した前記のような事実があつたということについては、なんら適切、具体的な主張をせず、もとより、かような事実を認めるに足る証拠もない。

三してみると、被控訴人のした本件取消処分は、結局、公正な裁量判断に基づくものであるということの証明がないものとして、違法として取り消さるべきものであり、これと判断を異にする原判決は失当であつて取消しを免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 小林哲郎 間中彦次)

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